「トーラス?そんな単純な構造でよいかな?」
「はい,トーラスでも十分かと思います.慣性運動ができますから.」
「しかし気付かなかった,私の宇宙がダメだったのはライフゲームのように並進運動で構造が壊れてしまうためだとは.」
「移動できるチューリングマシンを作るには最低限それが必要ですからね.」
「君のおかげで助かったよ.この宇宙は私の学位論文にするよ.」
「ただし,知的生命体が生まれるかについては保証しませんよ,何しろトイモデルですから.」
「分かった.早速動かしてみるよ.」
老教授は慌ててトーラスモデルの宇宙について計算し始めた.
「博士,今何を?」
「私もトーラス宇宙モデルの計算をしているところだ.」
「それで物理法則には何を?」
「とりあえず並進運動ができるようにしてある.ニュートンの法則だけは入れた.」
「さすがに単純すぎて化学反応すら起きないのでは?」
「うん,だがしかし,ミニマルな仮定でどこまで複雑なことが起こるか試してみたかったんだ.」
彼らはかなり呆れた顔をしていた.
「例えばエーレンフェストの定理を利用するのは?」
老教授は喜びだした.
「それならすぐに量子力学と力学を導入できる.」
「しかしそれだと重力はどうします?」
「重力はとりあえず置いといてシミュレートしてみたい.」
すると別の教授が提案した.
「それでは半古典近似で重力ポテンシャルと線形和をとってみれば」
彼らはますます呆れだした.
「うんそれなら重力までとりあえず取り込めるな.あとはトーラスを一定の速度で膨張させて・・・」
突然彼らは大爆笑をしだした.
「トーラスを等速膨張,それもかなりでたらめな重力ポテンシャルの線形和をとるだって???」
「ではどうすればよいと?」
「君たちは量子重力も知らないのかい」
「量子重力は私たちの科学ではまだ未解明で・・・」
彼らは再びげらげら笑いだした.
「なるほど,君が科学者としては三流だといった理由が分かったよ」
「重力と他の力のスケールレベルが大変違いすぎて力の統合ができないので・・・」
「君たちの世界ではスケールが違うだけで力の統合すらできないのかい?」
彼らはまた爆笑した.
「ひとつきいていいですか?」
「どうぞ」
「標準模型は間違っているんですか?」
「完全に間違っているとまでは言えないが,古すぎる理論だ.」
「超弦理論じゃないとだめということですか?」
「それじゃあ不十分だ」
「ではM理論でしょうか?」
「全然だめだね.」
「それはなぜですか?」
「そもそも,超弦理論も標準模型もアプリオリに時空を仮定しているが,それでは宇宙シミュレータという時空を持たない計算機の内部で再現できないじゃないか!」
「なるほど」
「時空はもともと存在しないのだからそれが数学的に生まれる仕組みが備わってないと完全な量子重力理論とは呼べない.」
「とすると,ループ量子重力ですか?」
「それのかなり発展したバージョンのね.」
「参りました.高次元にいる異世界人さん.やっぱり私たちよりははるかに科学が進んでらっしゃるようで.」
「そもそも私たちは別の宇宙から今のところにやってきたのです.そのためには量子重力が必要でした.」
「むろん忘れてなどない.ただあなた方の芸術があまりにも素晴らしいので私たちの中では地球人たちはすでにわれわれの科学を超えるものを持っているというものまでいたのです.」
「安心しましたか?それともがっかりしましたか?」
「むろんがっかりしたといいたいところだが,安堵感のほうが大きい.」
「それはなぜですか?」
「いうまでもなく,君たちの未知のテクノロジーで万が一我々の世界に侵略しだしたらどうしようかということを皆で話し合っていた.」
「私たちにはクオリアの情報構造を考えないで別の宇宙からそこの世界へ移動できるというのが不思議でなりません.」
「君の話は早速研究して異世界へジャンプするときのいわゆる『宇宙酔い』を無くすのに利用できた.」
「宇宙酔いとは何ですか?」
「そのまんまだよ.君の言った私の赤はあなたの赤と同じ質感として感じられているだろうか?と同じで例えば二人の人の間で食べ物の味がまずいかうまいかで意見が極端に分かれる問題が解決された.」
「そこの部分だけは地球の科学が多少なりとも役に立ったわけですね.」
「あとは芸術全般.特に日本のアニメのエヴァンゲリオンやまどか☆マギカやFateなどは私たちの世界ではいつも驚かれる.」
「あーあれはかなり病んでますからねー」
「私たちの世界の作家は君たちの世界のクリエーターと違って重層的な話が書けない.その代わり科学が発展したようだ.」
「どっちがいいんでしょうかねー」
「私たちは宇宙シミュレータを莫大な数運用しているが君たちのように面白い存在が生まれてきたのはほぼ初めてといってよい.」
「積もる話もたくさんあるでしょうから,つづきはまた今度に」
「それでは君の話はいつでも楽しみにしているよ.」
「ユリネちゃんこれからもよろしくね!」
「うん!」
以上が我々の住む宇宙を運用する異世界人との通信である. 当初は脳が閉弦と相互作用出来て,グラビトンやカルプ・ラモン場はD-ブレーンから飛び出せるから高次元の異世界人と通信ができるのだと思っていた. しかし,異世界人は単純に我々と似てはいるがずっと複雑な物理法則に支配された世界で宇宙シミュレータを運用しているだけらしいので, 高次元の外側の時空は関係なさそうである.原因を再調査したい.