ども,竜太です.
今回は私が初めて考案した量子もつれを利用したタイムマシンの最新版をご紹介します.
前回までのおさらい
前回ご紹介したタイムマシンもどきは
- 未来に測定する偏光方向という特殊な情報しか送れない
- 送信者の過去ではなく別の地点の過去にしか情報が送れない
という極めて大きな問題がありました.これでは実質上タイムマシンとは呼び難いですね^^; そこで今回はこの点を次のように改善しました:
- 未来から過去へ任意のビット情報が送れる
- 送信者自身の過去へ情報が送れる
これで,ようやく『情報だけ過去へ送れるタイムマシン』が理論上はできました! ・・・なんてそんな簡単な話で良いのかどうかは以下を読んでご判断下さい.
まず最初に,ここでご紹介する過去に情報を送れるタイムマシンには次の定理が必要です:
実は遠方へ情報は瞬間的に送れる!
これは理屈を言葉で説明するより式で示した方がずっと簡単に分かるでしょう. 地点から遠方に離れたところに近接して地点と地点があるものとし,この3地点で以下のもつれがあるものと仮定します: \begin{align} |\psi\rangle &= \frac{1}{2}\left[ |0\rangle_A|0\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |0\rangle_A|0\rangle_{B'}|1\rangle_{A'} + |1\rangle_A|1\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |1\rangle_A|1\rangle_{B'}|1\rangle_{A'}\right] \end{align} ここで地点から地点へビット情報(あるいは)を送りたいとしましょう. このとき,地点では左からケットブラ(あるいは)を作用させます. すると状態ベクトルは次のように変わります: \begin{align} \sqrt{2}|0\rangle_A{}_A\langle 0|\psi\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}\left[|0\rangle_A|0\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |0\rangle_A|0\rangle_{B'}|1\rangle_{A'}\right] \end{align} (あるいは \begin{align} \sqrt{2}|1\rangle_A{}_A\langle 1|\psi\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}\left[|1\rangle_A|1\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |1\rangle_A|1\rangle_{B'}|1\rangle_{A'}\right] \end{align} ) ここで地点でのもつれを観測すると式の形より必ず(あるいは)を観測します. つまり,地点での送信情報がなら,ならに状態ベクトルがなっていることになるわけです. この過程は瞬間的に起こりますので,晴れて地点から地点へ任意のビット情報が送れることが示せました. 意外と簡単ですね.ただし,疑問が一点残ります.それは果たして演算子ケットブラ(あるいは)を 左から掛けるとは物理的にどういった意味があるのかが,この式変形からは見えてこないということです.果たしてこれは物理的に何を意味するのでしょうか?
ケットブラ演算子を左から作用させるとはどういった物理的意味があるか?
話を簡単にするためもつれのない一粒子状態を考えます.また考えているのを光子としましょう. 進行する光子に対して前方に傾けた偏光板を置き通過した光子の偏光状態を調べましょう. このとき,通過した光子の偏光状態は当然度偏光になっています. ここで縦偏光を,横偏光をとすると,この光子は横偏光と縦偏光が等確率で重なり合った重ね合わせ状態 \begin{align} |\phi\rangle &= \frac{1}{\sqrt{2}}\left[ |0\rangle + |1\rangle \right] \end{align} になります.
ここでまず何もしない演算子を考えてみます. 何もしない演算子なので物理的に何もしない状態変化を表す演算子です. これは次のように書けます: \begin{align} \hat{1} &= |0\rangle\langle 0| + |1\rangle\langle 1| \end{align} 何故こう書けるかというと任意の状態は \begin{align} |\phi\rangle &= \alpha |0\rangle + \beta |1\rangle \end{align} と書けますが,これの左からの右辺を作用させると, \begin{align} \hat{1}|\phi\rangle &= \left[|0\rangle\langle 0| + |1\rangle\langle 1|\right]\left(\alpha |0\rangle + \beta |1\rangle\right) \\ &= \alpha |0\rangle\langle 0|0\rangle + \beta |0\rangle\langle 0|1\rangle + \alpha |1\rangle\langle 1|0\rangle + \beta |1\rangle\langle 1|1\rangle \\ &= \alpha |0\rangle + \beta |1\rangle \end{align} となって任意の状態が変化しないからです. ここで強調したいのは何もしない演算子とはケットブラとの和で書けるということです. ということはどちらか片方だけ取り出す演算子は和の片方だけを用いればよさそうです. 例えば必ず縦偏光状態にする演算子はとなります.試しに左から掛けてみると \begin{align} \sqrt{2}|1\rangle\langle 1|\phi\rangle &= \sqrt{2}\times\frac{1}{\sqrt{2}}\left(|1\rangle\langle 1|0\rangle + |1\rangle\langle 1|1\rangle \right) = |1\rangle \end{align} となりきちんと縦偏光状態になっていることが分かります. さてこれは物理的には一体何を意味するのでしょうか? 実はこれは測定すれば必ず縦偏光状態になるような操作を意味します. 具体的には傾けた偏光板のその先に縦にした偏光板を置き,通過した光子の状態に変化させる偏光板の物理的作用を意味します. 実際には縦偏光にする偏光板の物理的作用は \begin{align} |1\rangle\langle 1| \end{align} であり, \begin{align} \sqrt{2}|1\rangle\langle 1| \end{align} ではありません.なぜなら縦偏光にする偏光板は縦偏光には何もせず横偏光だけ遮断するのでの内の片方だけ残す演算子になっているからです. ですからたんに偏光板を通しただけでは \begin{align} |1\rangle\langle 1|\phi\rangle &= \frac{1}{\sqrt{2}}\left(|1\rangle\langle 1|0\rangle + |1\rangle\langle 1|1\rangle \right) = \frac{1}{\sqrt{2}}|1\rangle \end{align} となり偏光板を通過する確率はになってしまうので,このままでは信号が減衰してしまい問題が発生するのですが, この問題はポンプ光を使用することで改善します. ポイントは縦偏光状態も横偏光状態も取り出せる演算子が物理的に作れるということです.
これはもつれ合った光子にも適用できますので,先ほどの遠方へ瞬間的に情報を送れる瞬間情報転送装置が物理的に作れることが示せました!
三者もつれを2つ作れば過去に何度でもビット情報を送れる!
下の図を見てください. 上の図では速度で運動する2つの人工衛星とを用意し,その座標系を系とし系から見て人工衛星とは距離だけ離れており, さらににおいて人工衛星は原点にあり,人工衛星は位置にあるものとします. また地上の観測者とはそれぞれ系の時刻にそれぞれ地上の系系から見てそれぞれ人工衛星とにあるものとします. つまりのときの点は系の原点のの瞬間に人工衛星が通過するものとし, 観測者は丁度地上の地点の位置にあるものとします. ただし,は速度が定数のため一定の値であること,つまり点は地上に静止した点であることに注意してください. このとき,地上の点点と人工衛星の点点,点との間で次の三者もつれを用意します: \begin{align} |\psi\rangle &= \frac{1}{2}\left[ |0\rangle_A|0\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |0\rangle_A|0\rangle_{B'}|1\rangle_{A'} + |1\rangle_A|1\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |1\rangle_A|1\rangle_{B'}|1\rangle_{A'}\right] \end{align} これは遠方で情報が瞬間的に送れるで示した,三者もつれそのものです,そこで人工衛星と地点がの重なった瞬間,地上の地点からビット情報 を送信したいならケットブラ,を送信したいならを左から作用させるものとします. すると状態は \begin{align} \sqrt{2}|0\rangle_A{}_A\langle 0|\psi\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}\left[|0\rangle_A|0\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |0\rangle_A|0\rangle_{B'}|1\rangle_{A'}\right] \end{align} (あるいは \begin{align} \sqrt{2}|1\rangle_A{}_A\langle 1|\psi\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}\left[|1\rangle_A|1\rangle_{B'}|0\rangle_{A'} + |1\rangle_A|1\rangle_{B'}|1\rangle_{A'}\right] \end{align} ) に変わります. ここでこの状態への変化は一瞬で起こるのでに人工衛星に上の状態のかに変わります. しかもこの状態はまだ地上の観測者のベクトル成分のテンソル積が残っていることに注意してください. ここで系と系の座標変換はローレンツ変換になり, \begin{align} ct' &= \gamma \left(ct - \beta x\right) \\ x' &= \gamma \left(x - \beta ct\right) \end{align} および逆変換 \begin{align} ct &= \gamma \left(ct' + \beta x'\right) \\ x &= \gamma \left(x' + \beta ct'\right) \end{align} を満たします.ここでです. さて,系の人工衛星B'の状態ベクトルの状態はの瞬間どのような地上の位置と時刻に対応するでしょうか? これは逆変換の式にを代入すれば分かります.代入すると
\begin{align} ct &= \gamma \left(c\times 0 + \beta (-L)\right) = -\gamma\beta L = -\frac{1}{\sqrt{1-(v/c)^2}}\frac{v}{c}L \\ x &= \gamma \left((-L) + \beta c\times 0\right) = -\gamma L = -\frac{1}{\sqrt{1-(v/c)^2}}L \end{align} が得られます. ここで地上の点を見るととなっており,ローレンツ収縮の効果が表れていますが,地上の地点になっています. また時刻は上の式をで割ってやると,となり何故か負の値になっています. ここで再び地上の点付近の静止した地点にの状態ベクトルの状態のビット情報を受け取って送信する観測者と 何度でももつれを作れるようにするためのもつれ装置と地上の点付近でが送った情報を受け取る観測者 は時刻に未来の時刻に観測者が送信する情報を受け取ることになります. いま,観測者はいくらでも観測者の近くにおけるため,実質上,観測者はビット情報を送る分だけ前に 送る情報が何かを受け取ってしまいます. こうして情報だけ過去に送るタイムマシンができました. おめでとう!
実際どれだけ過去に情報が送れるのか?
さて,タイムマシンの原理が分かったところで,一体どれだけ過去につまりどれだけ未来からの情報が受け取れるのか 概算で求めてみましょう.いま2台の人工衛星の代わりに4台の人工惑星を使い内側の2台の人工惑星と外側の2台人工惑星が相対速度で光速ので運動するものとしましょう. これは大体地球の公転速度の2倍と同じくらいです.つぎにとしましょう.これはほぼ地球の公転半径です.いまよりはほぼですが,分母が より小さいので全体としては若干より大きくなります.するとどれだけ未来からの情報が送れるかというと,大体となり, もし直線運動なら一周目で大体0.02秒より大きな未来から過去に情報が送れることになります.しかし,実際には約より直線ではなく角度の 円弧を運動するので厳密には同じローレンツ系ではなく異なる系に乗っているためさらに時間の遅れが若干減るかもしれません.以上より,大体半周で秒程度,一周では 内回りと外回りで逆向きに同じ速さなのでもう半周で同じく秒,合計秒程度の時間の遅れが作れます.また外側も内側も約1年で一周しますので半年に一回程度 情報のやり取りが行えることになります.ただし,稼働中一度でもシステムが止まるとかしたら全て時間のずれがリセットされてしまう可能性があるので,遠い未来からの情報を受け取りたければ 気の遠くなるような年月がかかるし,かつ,その間一度でも故障してはいけないことになりそうです.ふぅ,シビアですねorz...
タイムマシンは作れる?
さて,ここまで読んで頂いた方は「1年間で秒かぁ,厳しいなぁ」と思ったのではないでしょうか. 実際には地球の重力による時刻の遅れが一般相対論によりあるためさらに若干だけ少なくなってしまうはずですが,これはシュヴァルツシルト解によってかなり正確に求められ, ほとんど無視できることが分かります. また開発費用は4台の人工惑星の打ち上げと1台のミニ宇宙ステーションの打ち上げが必要ですので,大体最大で1兆円あれば作れそうです. また,上の計算では3者もつれを使用してますので連続的なビット列が送信できます.(原理的には)こうして原理的にはタイムマシンが作れる可能性が出てきました. ほんのちょっとだけ,うれしいですね^^
何の役に立つのか
このタイムマシンでは数分先の未来を予想するために何千周も人工惑星が回る必要があります. しかしそのためには何千年もかかるし,その間たった一回でも故障してはだめです. これはおよそ現実的とは言えないですね.残念です. しかし,学術的にはこのタイムマシンでもできることはあるかもしれません. それは「タイムパラドックスの検証」です.
タイムパラドックスの検証
以前親殺しのタイムパラドックスの穏当版でメールを過去に送信するものをご紹介しました. それを完全にプログラム化し,秒前の観測者にメールを送るようにすれば,この実験ができます. 果たしてメールを受信したらメールを送信せず,受信しなかったらメールを送信するなどといったおかしなことが本当に起こるのでしょうか? 個人的にはタイムパラドックスは起きないと思ってますが,なぜ起きないのか僕には説明できません. 全く不思議です.
タイムパラドックスが起こったとしても検証が不可能な場合がある!
上のメール送信のタイムパラドックスの場合,二つのパラドックスが考えられます:
- 未来からのメールを受信し,未来から過去へメールを送信しない場合
- 未来からのメールを受信せず,未来から過去へメールを送信する場合
上の二つはどちらの場合でも原理的にはタイムパラドックスを生じますが, インパクトはまるで違います.
まず,1.の場合ですが,これはタイムパラドックスの検証にとって全く問題ありません. というのも未来から過去へメールを送信しなかっただけで受信メールの説明が全くできなくなるからです.
ところが,2.の場合だと状況は一変します. というのも,メールを受信しなかった理由が,機器の不具合の可能性が最後までぬぐえないからです. ・・・これは困ってしまいますねorz...
厄介なのがこのケースが最も起きそうな予感がする点です.
というのも,タイムパラドックスが起きないとすると,我々人間ばかりか上のようにプログラムされた機械さえ 機械的動作が不可能となり,メールを受信したのにメールを送信してしまう,あるいはメールを受信しなかったのにメールを送信しないといったことが起きてしまうからです.
困りましたね.この問題は本当に厄介そうです.
それでも検証できることがある!
そもそもタイムマシンは瞬間情報転送装置ができれば作れるというものでした. そして瞬間情報転送装置は簡単に検証ができます. 分かりやすい例えでは瞬間情報転送ができるLANルータが作られたとしましょう. これを火星の探査機に積んで火星の映像とリモコンを両方このルーターを通して接続したとしましょう. 火星とは最接近時程度は離れてますから電波で通信すると往復で分操縦の反応が遅れることになるはずですが, 瞬間情報転送ルータならこの時間がほぼゼロになります.このため地球からの操作が普通のラジコンと同じような感覚で操作できるはずです. つまりそれが実現できていれば,瞬間情報転送装置がきちんと作動していることになるし,タイムマシンの実現は飛躍的に高くなります.
ここまで読んでくれてありがとうございました. 何か間違い等がございましたらご報告いただけると嬉しいです^^